浦原 | ナノ
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▼ 過去編1

第一印象は、なよなよしていて、ひよ里とは相性がよくなさそうだなあ、というものだった。十二番隊の隊長としてこれまでわたしたちを率いていた曳舟隊長が出世されて、新しく十二番隊の隊長となったその人、浦原喜助隊長は、元は二番隊の第三席だったらしい。隊首会から帰ってきてずっと浦原隊長から顔を背けるひよ里をはらはらしながら見つめていると、眉尻を下げた浦原隊長が十二番隊隊士の前で挨拶を始めた。

「え〜…とそんな訳で、ボクが皆サンの新しい隊長っス。ヨロシク」

誰ひとりとして返事をしない中、果敢にもよりによってひよ里に手を差し出してもう一度ヨロシク、と言った浦原隊長は、パァン、とひよ里に思い切り手を叩かれていた。ひよ里は曳舟隊長のことが大好きだったから、余計に納得がいかないのだろう。何かと豪快で頼りになる曳舟隊長と比べてしまえば、確かにこの隊長は頼りなく思えてしまう。ヤイヤイと勢いよく隊長に対する文句を並べ立てるひよ里は、二番隊…今代は四楓院夜一が隊長を務めているために隠密機動と密接な関わりを持っている隊に所属していた浦原隊長を陰でコソコソ人を殺していた連中、と罵った。さすがに言い過ぎであると感じた周りが止めに入るも、みんな少なからずへらへらとした笑顔を浮かべる彼に対してそう思っていた節があるのか、反論できず黙り込む。浦原隊長は相変わらず眉尻を下げて笑っているだけだ。それにさらにイラついた様子のひよ里はついに浦原隊長に掴みかかった。

「何がハハハや!!うちはあんたの古巣けなしてんねんぞ!!なんでキレへんねん!!悔しないんかこのフヌケ!!」

「ちょっとひよ里!」

さすがに止めなければ。うろたえている隊士たちを押しのけてひよ里を羽交い絞めにして浦原隊長から引きはがした。離しィ!と暴れるひよ里に落ち着いて、と声をかけるが完全に頭に血が上ってしまっている。どうしよう。わたしたちが何を言ったところで隊長が変わるわけでも、曳舟隊長が戻ってくるわけではない。今後のことを考えたら、浦原隊長と揉めるのはひよ里にとってプラスになるとは思えない。そろそろ押さえるのも限界かもしれない。そう思った時、だって、と浦原隊長が大して気にした様子もなく口を開いた。

「ボクもう十二番隊隊長っスから」

今朝ふとんを出る時に、このふとんを出たら十二番隊で怒れる人になる、と決めてきた。何で怒って何で怒らないかを切り替えること。それが気持ちを切り替えることだと話す浦原隊長をぽかん、と見つめる。事もなげに言っているけれど、それが出来る人がどれだけいるだろうか。実際、わたしたち十二番隊は曳舟隊長がいなくなってしまってから、まだ気持ちが切り替えられていない。この人、ただへらへらしている人って訳ではないのだろうか。まじまじと浦原隊長を見つめていたせいでひよ里を拘束している手が緩んでしまった。わたしの拘束から抜け出したひよ里は、浦原隊長の急所を狙ったのか、股の間を蹴りあげた。

「なんやそれ!!しょーもな!!」

そして捨て台詞を残して去っていくひよ里を追うべきか考えて、副官であるひよ里に逃げられて情けない顔をしている浦原隊長に近寄って大丈夫ですか、と声をかけた。蹴りあげられてもけろっとしているからおそらく無事なのだろうけれど、ひよ里の蹴りを日常的にくらっている平子隊長はしょっちゅう流血しているから、初日から内輪もめで流血騒ぎなんて不名誉な噂が立たないようにしなければ。わたしに声をかけられてすぐにまた眉尻の下がったへらへらした笑顔を作った浦原隊長は、大丈夫っスよ、と答えた。他の誰も浦原隊長に近づこうとはしないから、わたしが声をかけただけで表情が明るくなっていた。当然初対面なのでまずは自己紹介をしなければいけない。

「え、と、十二番隊第八席のみょうじなまえです。ひよ里…猿柿副隊長が、申し訳ありませんでした」

頭を下げると、すぐに肩を掴まれて顔を上げさせられる。意外と力強い手だった。

「心配してくれてありがとうございます。これから、ヨロシクっス、なまえサン」

先程ひよ里に叩かれた手を、今度はわたしに差し出した浦原隊長に、おずおずと握り返すと、嬉しそうに目じりを下げて笑った。その顔を見て、少しだけ胸が音を立てる。

「なまえサンは、ひよ里サンと仲が良いんスね」

「え?」

「今ひよ里さんを追いかけずにボクに謝りに来たのは、ひよ里さんの今後の立場を考えてのことでしょう?」

さっきひよ里さんを押さえていたのも同じじゃないっスか?とあっけらかんと聞いてくる浦原隊長に、少し目を瞬かせた。この人、頭がいいのか、周りをよく見ているのか。第一印象に、不思議な人、というのも加わった。バレてしまっているのならば仕方ない。きっとどこかで拗ねているであろうひよ里を迎えに行かなければ。もう一度、今度はこれからよろしくお願いします、と頭を下げて、ひよ里を探しに部屋を出る。さほど苦労せずに足を押さえてうずくまったひよ里を見つけることができたが、ひよ里の機嫌は最悪だった。

「なんやねんあいつ!へらへらへらへらしよってからに!しかもハカマの下に何はいてんねんめっちゃ痛いんやけど!!」

「誰彼構わずに蹴り入れるからだよ」

大したことはないだろうけれど、一応ひよ里の足を回道で治療する。ただでさえ今は頭を冷やさなきゃいけないのに、ずっと足が痛かったら落ち着いて考えることもできないだろう。

「そんなに悪い人じゃないと思うけど…もうちょっと様子見てみたら?」

「ハァ!?なまえアンタ、アレがうちらのトップでええっちゅうんか!」

「隊長として認める認めないが言えるほどあの人のこと知らないし」

「カーッ!アンタあれやろ!ああいうの好みやったんやろ!うちは認めへんで!あんなハゲ!」

「ひよ里の中でハゲてない人っているの?」

平子隊長にはもちろん、誰かと揉める度にハゲハゲ言っているのを聞く。わたしも怒らせると言われるし。浦原隊長を一目見たときにひよ里は気に入らないだろうな、と思った。さっきのやり取りで、ひよ里は関係なく個人的に彼に興味がわいたのもまた事実だった。先ほど浦原隊長と握手した手を見つめる。曳舟隊長がいなくなってから元気のなくなったひよ里が心配だった。あの人は、ひよ里を元気にしてくれるのだろうか。

* * *

翌朝、ひよ里の様子を確認するために隊首室に顔を出すと、昨日までの隊首室が見る影もないほどに改造されていた。当然、ひよ里が激怒して浦原隊長に鉄拳をかましている。昨日蹴りで自分がダメージを受けたから無防備な顔を狙いにいったのだろう。確かに隊首室は隊長の部屋なのでどんな風に使おうが隊長のさじ加減ではあるのだが、それにしても昨日はへこへこと周りの顔色をうかがっていたというのに、えらい変わりようである。

「オハヨっス、なまえサン」

「おはようございます浦原隊長。また随分と思いきった模様替えですね」

「いや〜ちょっと張りきりました」

ちょっと…?と思わず首を傾げてしまった。浦原隊長に手を掴まれたひよ里はいやや!離せハゲ!とじたばたと暴れている。浦原隊長は身長が高いので、人一倍小さいひよ里では暴力に訴えかけなければ反抗するのは難しそうだ。

「ちょっとひよ里さんと出かけてくるんで、ボクがいない間留守をお任せしてもいいっスか?」

「かまいませんけど…どちらに行かれるんですか?」

ひよ里が心底嫌そうに暴れているので、つい聞いてしまうと、蛆虫の巣っス、と返ってくる。頭に蛆虫がうぞうぞと蠢いている様子が浮かんで、サッと血の気が引く。わたしだったら死んでも行かない。行ってらっしゃいませ、と頭を下げると、浦原隊長はぽかん、とわたしを見た後、頬を緩めて行ってきます、とひよ里を引きずって出かけて行った。

「コラなまえ!うちを助けろや!この裏切りモン〜〜〜!!」

大声で叫ばれる罵声を受け流して笑顔で手を振って見送る。見捨てたわけじゃないよ。決して巻き込まれたくなかったわけじゃないから。ただ浦原隊長の考えを知ることはひよ里にとって大切なんじゃないかと思っただけだから。さて、隊長と副隊長がいない間、わたしで出来る限りの仕事をこなしておかなければ。執務室でわたしより上位の席官に浦原隊長とひよ里が外出されたことを伝え、仕事に取り掛かる。次の日に仕事を残すのが嫌で毎日綺麗に片づけているわたしの机に、隊長たちがいないのならば、と周りから次々に書類が積まれていく。もともとやるつもりだったから別にいいけどもうちょっとみんなやってくれてもいいんじゃないかな。しばらくして、帰って来た浦原隊長とひよ里は変わったメイクの男性と小さな子供を連れていた。蛆虫の巣ってところにいったんじゃなかったのか。どうしてこんな見るからに変な人を連れてきたのか。聞きたいことはたくさんあるけれど、ただいまっス、と目じりを下げた浦原隊長に、とりあえずおかえりなさい、と答えた途端、ひよ里に腕を引っ張られて連れ出されてしまった。休憩や休憩!とずかずか歩いていくので先程見捨てた罪滅ぼしも兼ねて大人しくついていくと、わたしたちの行きつけの甘味処にたどり着く。団子とわらび餅を注文したひよ里は、大きく息を吐き出した。

「ほんっまに意味わからん!!なんやねんアイツ!!!」

「どうだった?蛆虫の巣」

「アンタ蛆虫って聞いてうちを見捨てて逃げたやろ」

「そんなわけないじゃん」

サッと目を逸らすと、薄情モン、とチョップを喰らう。痛い。運ばれてきた甘味を食べながら、何があったのかの話を聞く。団子はひよ里用で、わたしのはわらび餅だ。ぷるぷるとした食感ときなこと黒蜜がおいしい。ひよ里が連れて行かれた蛆虫の巣というのはわたしが想像したうぞうぞ蠢く虫で溢れている場所ではなく、危険分子であると判断された死神たちが隔離された場所だったらしい。浦原隊長は二番隊だった時、隠密機動の中でそこの看守を務めている部隊の部隊長だったらしい。今回は隠密機動総司令官の四楓院隊長の許可を得て、その蛆虫の巣から有能な人材を引き抜きに行ったらしい。先程見た白塗りの奇抜なメイクをした男性を思い浮かべ、確かに変な人っぽい、と自己完結する。そんな人たちを引き抜いて、浦原隊長は技術開発局、という新しい組織を十二番隊の傘下に創ろうとしているとのことだ。まあ、わたしには大して関係のない話しだろう。研究なんて興味もないし、十二番隊が様変わりしたところでわたしの仕事は変わらない。ふーん、と適当に相槌をうった。

「もうちょいなんかないん」

「うーん、何事も始まってみないとなんにも言えないし」

「アンタそればっかりやな」

「様子見て、どうしてもダメだなって思ったら一緒に移隊しよ」

五番隊とかどう?と尋ねるとハゲ真子んとこやないか!死んでもゴメンや!大分いつもの調子に戻ったひよ里に安心して、少し駄弁ってから七番隊に寄っていくというひよ里と別れて隊舎に戻る。ひよ里に連れて行かれたとはいえ、休憩時間を多くとってしまった。うちの隊ではよくあることだし、そうなってもいいように仕事は片づけているけれど、今は隊長が替わったばかりなのだ。目くじら立てるタイプの人には見えないけれど、不真面目だと思われてしまったかもしれない。もともと戦闘能力が低いわたしが八席という地位についているのは、書類仕事やサポート能力を曳舟隊長に買われてのことだ。平隊士や下位の席官では処理していい仕事に大きな差があるから、と。斬魄刀も戦闘向きではないし、鬼道も破道よりも縛道や回道の方を得意としている。だからこそ真面目に仕事をこなさなければ八席という地位に見合う仕事ができない。ふぅ、と執務室の前で息を吐いて扉を開ける。

「お帰りっス」

中には、隊首室にいるはずの浦原隊長がいた。ひよ里と一緒にサボったことを咎めにきたのだろうか。

「浦原隊長…どうなさったんですか?」

「ボクの仕事、なまえサンが片付けてくれたって聞いたんで」

「わたしに、できる分だけですけど」

隊長格でなければ処理できない仕事は山ほどある。わたしはまずそれの選別をして、わたしの権限で処理できる仕事をこなし、あとは隊長の印を押すだけ、という状態に仕分けしただけだ。机仕事が苦手なひよ里の手伝いでいつもやっていたことだし、たまに曳舟隊長にも任されていたので大して難しいことではない。そんなことよりもサボったお咎めはないのだろうか。ちょっとびくびくしながら浦原隊長と向き合う。執務室にいる他の隊士たちはもはやわたしたちがいないかのように仕事をしている。新しい組織を立ち上げるらしいから、早速その準備に追われているのかもしれない。

「あの、わたしは怒られるのでは…?」

「まさか。仕事に支障がなければ問題ありませんし、さっきのはひよ里サンに無理やり連れていかれてたじゃないスか」

もちろんひよ里サンのことも怒りませんよ。本当に怒るつもりはないようで、浦原隊長はにこにことした笑顔を崩さない。

「それよりも、なまえサンにお願いがあるんです」

「わたしに…ですか?ひよ里ではなく?」

「ひよ里サンは事務仕事とか苦手そうじゃないっスか」

「……否定はできないです」

なんでも、技術開発局を創る上で、中央四十六室をはじめとした様々なところに申請書等を提出しなければならないらしい。まずはどんな書類を作成してどこに提出したらいいかを調べて、書類の作成、申請までの一通りをしてほしい。当然一隊士であるわたしに隊長からの指示を断る理由もなく、了承の意を返すと、浦原隊長は少し驚いたようにわたしを見つめる。聞いただけで結構な手間なのはわかるが、了承して驚かれると言うのはどういうことなのか。それに申請書にしても、当然局長となる浦原隊長が自分で手続きしなければならない部分もあるだろうし、さすがに丸投げはできないはずだ。それにまずは技術開発局という組織についてちゃんと説明を受けなければ書類も作れない。浦原隊長の手を煩わせることも多いと思います。そう告げると、それは当然わかってます、と返ってくる。じゃあ何に対して驚いていたのだろうか。

「ボクが隊長にならなければ発生することのなかった仕事を振られてすぐに承諾してもらえるとは思ってなかったっス」

「だってこれは、これからの十二番隊の仕事なんでしょう?」

「キツくないですか?」

「やってみなきゃわかんないですけど、もう無理って思ったら五番隊に異動するので大丈夫です」

先程ひよ里に言った冗談を浦原隊長にもそのまま言うと、目をぱちくりとさせた後、口元を隠して笑いだした。こんな風に笑うタイプとも思ってなかったのでわたしも驚いてしまう。

「平子隊長とは仲がいいんスか?」

「ひよ里と仲が良いので、何かと目にかけていただいているくらいです」

「なるほど。そりゃ、ボクもうかうかしてらんないっスねェ」

なまえサンが五番隊にとられないように。笑いが収まってちょっと涙の滲んだ目でわたしを見る浦原隊長。さっきひよ里と甘味を食べていた時、相変わらず不満は言っていたけど、昨日とはまるで違っているのを感じた。絶対認めないと言っていた昨日に対して、蛆虫の巣から戻って来たひよ里は、隊長を認めないとは一度も言わなかったのだ。自分の素直な気持ちを話すのを嫌がる子だから何があってどう思ったのかはわからないけれど、新しい体制になった十二番隊でも、きっとうまくやっていける。そんな予感がした。


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